『アラスカの日々・・・魂はオーロラに乗って』松田久美子著 南木隆治解説

2017.02.07 Tuesday

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    『アラスカの日々・・・魂はオーロラに乗って』松田久美子

     

     松田久美子氏は私が講師をさせていただいている、大阪岸和田市にある『岸和田健老大学』の学生さんである。「学生」と言っても私とほぼ同年代の、しかしとても若々しくてチャーミングな女性である。

     彼女のこのエッセイを読む機会があって、一読して私は皆様に紹介したくなった。なぜなら、           

    松田久美子『アラスカの日々・・・魂はオーロラに乗って』は

    宗教性を本質とする、神秘的で、深い感受性に満ちた作品だったからである。

     

     私は、一読して、今後アラスカの事を考えるときに、必ず参考にしたくなるエッセイだと思った。また、アラスカについて、何か知りたい人には、必ず見せてあげたいエッセイだとも思った。

     

     特にこの作品の「オーロラ」についての描写は、非常に強く語りかけてくる厳粛性を帯びていて、美しい。もし「オーロラ」に魂があるとすれば(あらゆるものには魂がある)、このエッセイはそれを多くの人に伝わるようにうまく解説した、これまでの人生で私が知る、唯一の文章である。

     

    「オーロラが私の魂をそっくり吸いとっていった。」と彼女は書いているが、本当は逆で、「オーロラの魂」を彼女が直接受け取ったのだ。

    何かが本当に分かるときは、そのものと意識が一体化するときだとも言えるが、まさに、彼女の魂は幾たびか「オーロラ」と、そのようにして、本当に一体となる事によって、深く「オーロラ」を本当に知ったのである。

     

    「粛々と進むバッファーローの群れに、なんだか手を合わせたくなるような、彼らの無言の意志を感じた。」という優れた描写や、「私もサンタさんに会いたかった。」と、涙を流して悔しがった7歳だった娘さんのお話も、また、雪の結晶が一つずつ違って、「雪も生き物なのか」と感じた事等も、すべてほとんど「荘厳な彼岸」へと通じる「魂のドア」がそこここに開いている。

    アラスカの大自然の真の荘厳さを通じて、宇宙が存在する神秘性の根源と、あらゆる存在に注がれている「普遍的な愛」を、この文章を読んだ誰もが感じ取る事ができるだろう。

    私はとても素敵な文章だと思った。(平成29年2月7日 南木隆治)

     

     

    『アラスカの日々・・・魂はオーロラに乗って』松田久美子

     

     1981年、夫の転勤に伴って米国アラスカ州アンカレジに家族で移り住んだ。5年弱という滞在だったが、今でも彼の地での日々は強く私の心の中に在る。
     当地に住む人達は概して夏こそパラダイスと言っていたが、たまに冬こそ、という御仁もいて、私もその少数派の一人だった。
     

     アラスカと言っただけで、10人が10人とも「寒いんでしょ?」と聞いてくる。勿論、寒い。けれど、アンカレジは太平洋に面していて、その黒潮の影響で州の中では比較的暖かい。内陸部では零下40℃という日もあるが、ここは最も冷え込んだ日で零下30℃くらいである。子供達が通っていた小学校では零下20℃以下になると、校庭での外遊びが禁じられる。各家庭ではそんなルールは無いので、寒さも何のその。当地で購入したダウンのコート、パンツ、帽子、手袋、ブーツ一式を身につけて子供達は外遊びの日々。「子供は風の子」は世界共通のようだ。
     

     この気温がどんなものか、一例を紹介しよう。外遊びから帰って暖房の効いた室内に入ったとたん、眉毛、睫(まつげ)、鼻の穴からすーっと水が伝い落ちていく。顔面だけは外気にさらされているので、水分を含む部分が凍ってしまって、それが瞬時に解凍されるという次第。
     

     こんなこともあった。

     スーパーで牛肉のブロック(1キロ以上)を買って、その足で友人宅に寄った時のこと。車の中に肉を置いたまま、車は外に停めていた。2時間近くお喋りを楽しんで帰路についた。家に帰ると、その肉が完全に凍っていて刃が通らない。野菜はシャリシャリ。これに懲りて、品物は必ず室内に置くようにした。
     

     北国はどこでもそうだと思うが、暖房は万全だ。セントラルヒーティングで温度を設定するだけで、家中暖かい。トイレも洗濯室もクローゼットの中も。寝る時は毛布一枚。室内では半袖のTシャツ一枚で過ごした。

     外では完璧な防寒具が寒さから守ってくれる。暖炉はあったけれど、使う必要がなかった。薪を買ってきて試してみたが、局所暖房ではこの寒さは解決できないと納得した。でも、「雪の降る夜は楽しいペチカ」の歌など子供達と口ずさんで、雪の世界を外に眺めつつ薪がチロチロ燃える光景はなかなかよかった。暖房はオンにしたまま、時々、薪を燃やした。
     

     白夜の夏とは真逆で、日照時間は短い。子供達が学校に行く時は星さえ輝き、帰宅の時はこれまたどっぷりと日が暮れて、まるで夜学に通わせているような気がしたものだ。

     

     長い冬の日に現れる自然現象の話におつき合いいただこう。
     ダイアモンドダスト
     空気中の水蒸気が凍って、空中いち面にキラキラチカチカと光の粒子が輝く。ひしめき合って。文字通りダイヤモンドの如くに。いや、宝石を凌ぐ美しさだ、と私は思う。
     雪の結晶
     空から降ってくる雪のひとひらひとひらが窓ガラスに接触すると、瞬時に結晶の形を造っていく。

    その昔、理科の教科書で見たあの写真の通り。

    初めて知ったことだが、その結晶のひとつひとつが全て微妙に異なった形状を持っている。

    同じ成分でできているのに、皆等しく個性を持っていることの不思議。

    いずれ溶けてしまう儚いもの達が自己主張をしているようで、雪も生き物なのか、と感心してしまった。

    車を運転中にフロントガラスに触れた雪達がこの結晶ショーを見せてくれると、ついつい見とれて運転が疎かになる、という危ない場面もあった。
     

     ダイアモンドダストも雪の結晶も、日本の北の方では見られるようだ。

    雪が積もると、アラスカの雪は仄かにブルーの色を内に秘める。闇の中でそれは不思議の世界に私を誘(いざな)う。ここは、「限りなく透明に近いブルー」と、村上龍さんの本のタイトルをお借りしよう。

     

     そして、なんといっても圧巻は冬の王者オーロラ。
    オーロラはロシア語で、ロシア神話から引用された「あけぼのの女神」という意。

    英語ではNorthern Lights。これは日本語では北極光と訳されている。

    なんとも無粋なネーミングだ。

    当地の人達はオーロラと言っていたが。
     

     ついでに無粋といえば、白夜は英語ではNights with the midnight sun。

    ハリウッド映画のタイトルになりそうだ。

    日本人の誰がそれを白夜と命名したのか知らないが、ネイティブの人にもホワイトナイトと言って欲しい。

    個人的な好みだが。ホワイトクリスマスという洒落た言い方もある国なのに。
     

     さて本題に入る。
    写真、テレビ、映画等で皆さん目にしたことがおありだろうが、本物を肉眼で見ると、蟻と象ほどの違いがある。と私は思う。
    何色?と聞かれても答えようがない。

    現実に存在しない色、と私は答える。

    矛盾を承知した上で。
    高名な作家の方達がオーロラのことを書いておられるが、どれも私を満足させてくれない。

    言葉で表現することは不可能だ、と思う。

    海を見たことが無い人に誰が完璧に海について説明してあげられようか。
    なにしろ大空が舞台なのである。

    優雅。幽遠。ダイナミック。妖艶。

    あらゆる言葉を引っ張りだしてみるものの、何かが足りない。
     

     オーロラを発見すると、寝ている子供達も起こして、家族四人で外に立つ。

    パジャマの上にダウンコートを羽織って。何故だか寒かった、という記憶はない。

    そしてその場面を回想する時、夫も子供も私の側にはいない。私とオーロラと常に一対一という設定になっている。
     

     ゆらゆらとひらひらと巨大な光のカーテンが天を舞う―――。
    芥川龍之介の「或る阿呆の一生」にある一文。

    「目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発していた。彼は妙に感動した。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけは、―――凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまえたかった。」

     

     命と取り換えても―――この世にそんな物が在ろうか。とその時の私は思っていたが、確かに、在った。

    私にとってはそれはオーロラだった。

    今ここで死んでもいい。いつもそう思いながら見上げていた。
     

     オーロラが私の魂をそっくり吸いとっていった。

     

     クリスマスの話を。
     こんなハプニングがあった。
    クリスマスイブの夕刻。外はまっ暗で、いち面に積もった雪が浮いているように見えた。

    少し霧がでていた。誰かがドアをノックする。

    子供達が帰って来たのかとドアを開けると、大きな身体に赤い服と帽子を身につけた人が立っている。

    背には大きな白い袋。
    分かってはいたけれど、「どなた?」と尋ねると、

    「サンタクロースです」

    プレゼントを届けに行く途中で道に迷ったということだ。

    私は下手な英語でなんとか教えてあげた。

    「ソリはどこ?」

    私の問いかけに

    「二匹のトナカイが疲れているようなので、向こうで休ませているんです」

    と彼は言う。

    髭で半分顔が隠れているけれど、なかなかの美男である。

    そして、忘れもしないグリーンの瞳。

    去り際に「サンキュー。メリークリスマス」の言葉と共にウインクしてくれた。

    この日本のおばさんはくらくらしてしまった。
     

     間もなく子供二人が帰って来て、この話をしたら、七歳だった娘は「会いたかったよ」と叫んで、涙を流して悔しがっていた。
    私のとっておきの思い出である。

     

     サンタさんはフィンランドに住んでいる。と一般には言われているが、アメリカではアラスカの北部ノースポールという事になっている。家もあるらしい。但し、夏の間はサンタさんはずっと寝ているし、冬の日々は多忙で留守だということだ。つまり、会うことはできない。これは娘の友達が大真面目に教えてくれたお話。

     

     冬休みになると、毎年家族四人でハワイを訪れた。陽ざしが至るところに在る。ハワイの風はいつも甘い花の香りを運んでくる。樹々の葉は力強く繁り、南国の海はどこまでも青い。

     私達は貪るようにハワイの時を過ごした。毎日、海で泳いだ。でも、3日も経つとあの暗い寒い雪の世界に帰りたくなってしまう。私だけだが。

     

     夏のことにも触れたい。
    夏は所謂白夜で、当然一日が長く、夕食後に友達と公園に集うこともあった。テニスをしたり、子供達はボール遊びをしたり。

     

     一度、真夜中に一人で車を走らせて、海を見に行ったことがあった。
    陽は水平線に沈み、その姿は見えないのだが、完全には沈みきらず、波間にオレンジ色の残照がずっと漂っていた。

     本を広げてみると、辛うじて活字が読めるほどだった。2、3時間後には水平線から陽がぐんぐんと昇ってきて、白夜の正体を見届けた。
     

     六月になると、春が夏をひき連れてやって来る。我が家の前はいち面の芝生でちょうど野球場のグランド程の広さだった。ほんの数日で芝全体が本来の緑を取り戻す。さて、その芝の陰になった部分に、雪溶け水で小さめの池のような水溜まりができていた。或る日、どこからか水鳥が一羽やって来て、その水溜まりで泳いでいた。独り占めは気分がよかろう。伸び伸びと寛いでいる様子が伝わってきた。仲間はどうしているのか、と気になりながら連日の来訪が楽しみだった。灰色がかった大きな美しい鳥だった。ロンリーバード。
     

     束の間の夏。動物達も活動する。
    リスがチョコチョコと姿を見せる。人を恐れる様子は無い。或る時、木の実を食べている口元や、それを前脚で抱えこんでいる仕草を見て「リスって鼠に似ているんだ」と娘に言ったら、「やめて、お母さん」と半ベソをかきながら睨みつけられた。娘はそれ以来リスが嫌いになったそうだ。

     

     森を散歩している時、沼からビーバーが顔をだして、びっくりしたことがある。目と目が合った。「Hi」と呼びかけると、キョトンと私を見る目が愛らしかった。
     

     平原をバファローの群れが行進しているのを見た。粛粛と彼らは進む。何だか手を合わせたくなるような、彼らの無言の意思なるものを感じた。
     

     私は遭遇したことはないが、ゴルフ場に熊が闖入(ちんにゅう)してきて、クラブハウスに急いで避難した、と夫が言っていた。息子も、小学校の遠足でバスの中から熊を見た話をしてくれた。
    こちらは冬のことだが、ムース(ヘラ鹿。牛くらいの大きさ。アラスカのシンボル動物)がたまに里へとやって来る。一度、窓のカーテンを開けたら、直ぐ目の前にムースがのっそり立っていて、驚いたことがある。人に危害は加えないと聞いていたので、試しに人参を一本差し出すと、パクンと食べた。子供達がムースと並んだ写真がアルバムにある。大きな図体だがその目は優しい。森に食べ物が無くなって、てくてくと里まで旅をしてきたのだろう。

     

     アラスカ州の歴史のことを。
    アラスカは1867年にロシア(当時のロシア帝国)からアメリカが買い取った。そして、1959年に州として認定された。その数か月後に続いてハワイがハワイ州となる。アメリカで二番目に若い州である。二束三文の買い値だったということだ。その後に金が発見されてゴールドラッシュに湧くことになる。更には、石油が発掘された。ロシアはさぞかし悔しがったことだろう。

     

     歴史が浅い故に、建物も道路も新しい。その中に一つ当時のロシア正教会が残っている。あの、玉ねぎ頭の可愛らしい建築物。私はここに居ますよ、とロシアが訴えているような気がした。

     

     スキー場でリフトに隣り合った青年が語っていた。
    「皆、他のステイト(州)から来ている。皆、淋しいんだ。だから助け合うし、親切にする。そうしないとここでは暮らせない。」
     全く同感だ。私もいろんな人に助けてもらった。車を雪につっこんでしまって身動きがとれない時。必ず、通りがかった車が停まってくれて、道具を使って引き出してくれた。三回やってしまった。
     スーパーで大きな袋を抱えていると、ひょいと持ってくれた人もいた。私のように小さい女性は取り分け労わってもらう事が多かった。

     

     家の前を雪かきしていた時のこと。
    隣のおじさんが「ご主人は居ないの?」と聞いてきた。「寝ています」と答えると、私の手からショベルを取り上げて雪かきを始めた。
    「これは男の仕事です。レディーはやらなくてよろしい」
    日本の男性諸氏に聞かせてやりたいものだ。

     因みに、おじさんの言葉を夫に伝えると、無表情、無言。けっ!という目つきで私を見た。

     

     一人だけ当地でネイティブの親しい友人を持った。同じ歳の彼女は日本文化に興味を持っていて、文学や和紙、和太鼓とその方面の知識が豊富で、西洋かぶれの私は教わることの方が多かった。巻きずしの作り方を教えてあげると、食文化にも興味を持ってくれて、拙い私の英語に根気よくつき合ってくれた良き友だ。
     二人で日本語と英語を教え合った。「星の王子さま」の日本語と英語版をテキストにして。文中の「一体全体」の意味を説明したものの、私の英語力では理解してもらえなかったが。漢字の成り立ちの一例として、木、林、森を取り上げると、心底感心していた。
     ご主人共に南の方の州出身で、アラスカに憧れてこちらの大学へ進学し、高校の教師となり、アンカレジに居を構えたお二人だ。

     

     一緒にマッキンリー国立公園へ旅をしたことがあった。夏場は一日一便観光バスがでている。運転手が動物を発見すると○に○が居ますよ、とバスを停めて、一同降りて安全な場所からゆっくり動物を観察する。熊も居た。でも、居るべき所に居る動物達を見ても大して感動はない。不意に、出合う。これが楽しい。


     その日はフェアバンクスに住む彼女の友人の家に泊めていただいた。その彼も又アラスカに魅せられた一人だった。
    マッキンリーといえば、植村直己さんがこの山で消息を絶って、未だに遺体は発見されていないが、私達一家が滞在中にこの遭難事故が起きた。当地でも報道されて、ご近所の方達も心配して下さった。

     あの山の何処かに植村さんが眠っている。とマッキンリーを目にする度に彼のことを想う。

     アンカレジからもマッキンリー山が望める。

     その死は悼むべきものだが、当時の植村さんの姿のまま、永久に彼が愛したマッキンリーにて眠りにつくことは、冒険家にとっては一つの夢ではなかったか、とも思う。そう思いたい。遺体はあそこでは永久に腐敗はしない。
     

     友達とは私達が帰国して、いつの間にか疎遠になってしまっていたが、一昨年、何年かぶりで夫とアンカレジを訪れた時に電話をしてみた。明日、カリフォルニアに引っ越すのだと言う。残念なことに会う時間は持てなかった。それにしてもあんなにアラスカを愛していたのに思いがけない言葉。思わず強い調子で「なぜ?どういう事?」と聞き返した。

     前年の大雪で雪かきが大変だったこと。これから年をとっていくことを考えると、気候の良い所に住もう、と二人で決めたということだ。前述のお友達も引っ越したということだった。
     

     隣のおじさんご夫婦も70歳を過ぎた頃、温かい州へと越していかれた。写真同封のお手紙も頂いたのに、英語で返事を書くのが面倒でお返事は出さないまま。
     もう90歳をとうに過ぎている。お元気だろうか?   本当にごめんなさい。

     

     鴨長明の方丈記で言うところの無常。「世中(よのなか)にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。不知(しらず)、生れ死ぬる人、いづかたより来りて、いづかたへか去る。」
     大袈裟な、と思われるだろうが、人の世の無常を思う。

     

     再度、オーロラの話に戻る。
    私は現在64歳。目下の所、70歳までは生きていたいと漠然と思っている。さて、この世からあの世へと旅立つその時、私は全身全霊でオーロラを私自身の小宇宙の中に呼びこもう。そう決めている。大丈夫。オーロラは私の中に、はっきりと在る。そして恍惚の内にあの世へと私は旅立つ。幸せな幸せな最期だ。(終)

     

     

    (注)

    ※ 写真は『南木倶楽部全国』にいつも貴重な情報を送って下さっている高岡昭一氏がノールウェーで撮影された「オーロラ」を使わせていただいたので、この写真はアラスカのものではない。

     

    ※ 『岸和田健老大学』については、以下のアドレスを参照。南木が講演している写真も掲載してくださっている。

       http://www.geocities.jp/efafi109/397/397.htm

       http://www.tvk.zaq.ne.jp/kenrou/

     

     

     

    平成29(2017)年 7月16日。以下を加筆しました。松田久美子氏の同文は、同日以下の部分を付記して、『南木倶楽部全国』に配信させていただきました。また同日、以下の部分を付記して、『日本マタニティヨーガ協会』の同記事掲載のアドレスをフェイスブックにさせていただきました。

     

    http://home.att.ne.jp/gold/mata/tuusin4.htm

     

    『南木倶楽部宗教と哲学の部屋』 http://minakiclub.jugem.jp/ に掲載した

    松田久美子氏(『岸和田健老大学』http://www.tvk.zaq.ne.jp/kenrou/の学生さん)のエッセイが、

    『日本マタニティヨーガ協会』代表の森田俊一先生のお目に留まり、4月号、7月号の2号にわたって掲載していただける事になりました。

    http://home.att.ne.jp/gold/mata/tuusin4.htm

    ここにご紹介しているのは『日本マタニティヨーガ協会』機関誌のネット版です。http://home.att.ne.jp/gold/mata/tuusin4.htm

    オーロラの写真は本誌ではモノクロなので、むしろこのネット版の方が作品発表の場としては適切かもしれません。

     

    森田俊一先生は非常に古くからの、私が尊敬する知人、友人であって、私の結婚式にも来てくださった産婦人科の医師であり、また、医師である前に、究極の「求道者」といってよい人物です。

    彼はヨーガを通じて、今も「道」を求め続けており、標記の『日本マタニティヨーガ協会』を一から立ち上げられただけでなく、彼のルーツの一つでもある、日本における最大のヨーギ(ヨーガを極めた師)といわれた佐保田鶴治先生が開設された『宗教法人 日本ヨーガ禅道院』とも深く関係を持ち続けておられます。

    http://www.yoga-zen.org/taimatsu/intro/?no=33

     

    何か悩んでいて、どうしようもない状況の方がおられれば、森田先生を訪ねられることも、人生における決定的な貴方の転換点になるかもしれません。

    また、これから赤ちゃんをお産みになる女性には、100パーセント間違いない道を示してくださる人物として、森田先生をご推薦いたします。

     

    なお、『日本マタニティヨーガ協会』の機関誌には過去にも拙文を掲載していただいています。

    会誌『マタニティ・ヨーガ通信』第54号のご案内、2014年4月
    目 次 (頁)
    1、「青蓮院門跡 庭園 龍心池(相阿弥の庭)のこと」(1)
            南木 隆治
    会誌『マタニティ・ヨーガ通信』第53号のご案内、2014年1月
    目 次 (頁)
    1、「人間の魂の根源を見たか」(1)
            南木隆治

     

    森田先生。このたびは有難うございます。

    なお、上記の部分、『南木倶楽部宗教と哲学の部屋』の標記松田様のページの後ろに加筆いたしました。 南木隆治拝