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    『悟りと、真珠湾攻撃』

    2014.02.04 Tuesday

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       『悟りと、真珠湾攻撃』
      (昨年12月10日に「南木倶楽部宗教と哲学の部屋」で配信した拙文の一部から、それに更に加筆して、ここに掲載します。


      12月8日はお釈迦様が悟りを開かれた日で、

      成道会(じょうどうえ)の法要があらゆる仏教寺院で行われる日である。
      『悟りと、真珠湾攻撃』
      1000年後、人類の歴史の展開を、この事をテーマとして語られるときが来るかも知れない。
      私は、真珠湾攻撃をせず、インド洋作戦を行っていれば、我が国は勝てたと考えるものであるが、真珠湾攻撃によって、何か人類史を乗せて展開されている時空に、我が国から発せられた精神によって楔が打ち込まれ、時空が変容したかも知れないとも感じるのである。

      その何かはまだしかと人類史に形を与えられていないが、明らかに神仏の世界で何かが大きく動いた。
      天界の秩序が変わった。

      12月8日が成道会と知っての開戦だったことは間違いないだろう。
      誰かその意味を深く考えた人がいたのだろうか。
      私には興味がある。

      仮に、真珠湾攻撃をしたあとでも、ミッドウェー島攻略作戦ではなく、直ちにインド洋作戦に切り替えていたらきっとわが国は、その場合でも勝利できたであろう。

      様々なifと、運命の転換の可能性がそこにはありえたが、私は12月8日の成道会の日に開戦したことと、わが国が犠牲となって、アジアを結果的に解放できたこと、戦後70年近い今も、自らの国が積んだ徳の数々をほぼ完全に忘却させられ、国民が自虐思想にとらわれていることが、偶然とは思えない、何か深い因縁があるように感じるわけである。

      我が国が施した善行のほぼすべてが、むしろ我が国の敵対国が為したこととされ、敵対国の為した悪行のほぼすべてが我が国が為したこととされ、最高の善人が、最悪の悪人して、全世界の罪を背負ってこそ地球上にその存在を許されるかのような、そのような存在と成り果てている。

      わが国の未来の運命と深く関わる、まだ気づかれていない深い因縁の巨大な潮流のようなものが見えない世界で静かに横たわっている。

      戦況の悪化とともにわが国は特攻隊を生み出して、多くの青年が「志願」して、祖国と父母兄弟を守るため、出撃したわけだが、そうなってしまったことも、なぜか12月8日の開戦と運命的に繋がっているような気もする。
      戦艦大和の特攻出撃は昭和16年12月8日にすでに決まっていたのではないか、と言う、ある種の戦慄を伴った「過去への予感」を私は12月8日と言う日付に感じるのである。

      我々日本人に課せられている使命は、何かとてつもないものなのではないか。そうでなければ、このような国が存在するはずがないだろう。

      ある日付が持つ運命は、何かその日付のイデアと言ったようなものの気配を纏うように思えるからである。
      それが何かは、しかとは分からない。
      そして、しかとは分からぬ何かがあるからこそ、すべての記念日には深い意味があるのであろう。

      もう少しぎりぎりまで書けば、
      歴史的な記念日と言うものは、何を記念するかがその名に記され、この世と、向こう側の世界を繋ぐ重要な記号である。しかし、それはこの世の人間から見た限定的な見方であり、実はその日のイデアそのものが持つ『魔力、霊力』がもともとあるからこそ、その日が『記念日』となってゆくのだということも感受しておくべきだと思うのである。

      その名を忘れ去られ、封印されている多くの記念日が目覚めを待っている。

      人が思い出すのではなく、向こう側からの呼びかけによって、そのイデアはこの世に生きる人の心にインスパイヤーされ、蘇る(黄泉帰る)のだ。南木隆治      

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