授業『カナシバリ(金縛り)の解き方と幽霊』イギリス経験論哲学

2013.07.20 Saturday

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      目次(「南木クラブ・宗教と哲学の部屋」)

     

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    南木倶楽部「宗教と哲学の部屋」授業


    授業『カナシバリ(金縛り)の解き方と幽霊』イギリス経験論哲学

     

    (ブログのこの記事を見て、昔の私の授業を懐かしく思い出す生徒はたくさんいる事でしょう。)

     



    昼休みが終わり、授業時間になって担当の教室に入ると、いつもにぎやかな女生徒のCさんが友人たちと大騒ぎしていて、楽しそうな様子である。

     

    女生徒C 南木先生。授業の前にちょっと教えてください。

     

     個人的なことは授業が終わってから。

     

    女生徒C 「認識」に関する事だから先生の授業のテーマと同じです。

     

     まず起立、礼をしてからだ。

     

    起立 礼 着席

     

    男子生徒D 先生、昼休み「カナシバリ」の話で盛り上がっていたんです。昨夜C子は「カナシバリ」に会って、どうやら「幽霊」に襲われたらしい。C子は最近、何度も「カナシバリ」に会って、怖くて夜、寝ることができないそうなんです。助けてやってください。

    それに俺も「カナシバリ」で困るときがあります。

     

    女性徒E 私もしょっちゅう「カナシバリ」に会います。「カナシバリ」を解く方法ありますか。南木先生に聞いてみようとみんなで言ってたんです。

     

     「カナシバリ」を解く方法はある。

     

    生徒一同 声をそろえて 「えーっ。教えてください」

     

     それなら教えてやらないわけでもないが、今から教えるのは僕が自分で発見した、ほとんど誰にも教えていない「秘伝中の秘伝」だ。最初にCさんが言っていたように、これは「認識」の問題と関係がある。この「秘伝中の秘伝」を知れば、君たちが「カナシバリ」に会えば、必ず本日の僕の話を思い出すだろう。そして、僕が言ったとおりすれば100パーセント「カナシバリ」は解けるし、もしかしたら「カナシバリ」に会ったとしても、それを楽しめるくらいになるかもしれない。

    本日の話は、途中から「カナシバリ」で分かったこと以上の問題を君たちに考えてもらうが、最後まで頑張って全員授業に主体的に参加すること。よろしいか。

     

    生徒一同 声をそろえて 「はい。分かりました。お願いします。」

     

     実は僕も、君たちくらいの年齢のころ、よく「カナシバリ」に会ったものだ。特に学校から疲れて帰ってきて、畳の上に寝転んで、ふと、うたた寝をしたようなときにそれは起こった。ふと目を覚ますと天井が見える。起きようとすると、身体が動かない。「おかしいぞ。」と思ってあせって、腕を上げようとするが、力を入れて腕を上げても、気づくと腕はそのままで動いていない。もう一度起きようとして力を入れ、身体を少し起こしたはずなのに、やはりおかしなことに、身体は少しも動いておらず、寝たままの状態だ。

    君たちの言っている「カナシバリ」というのはそういう状態だろう。

     

    女生徒C そうです。それです。その上、起きられないだけじゃなくて、何か重いものが身体の上に乗っていて、顔は見えないけれど、人間みたいで、「ふっ、ふっ、ふっ。」って笑い声まで聞こえたような気がするんです。怖いです。

     

    男子生徒E 乗ってくるのは男のお化けだそうです。(何人かの生徒が笑う)

     

    女生徒C そんな事言ってません。男か女か分かりません。(Eに向かって)ちょっと、E君。いい加減にしなさいよ。私はまじめに聞いてるんだから。先生、Eを退場させてください。

     

    私 まあ、まあ、E君も言いたいことがあれば、あとで質問の形で僕に言ったください。せっかく授業で取り上げたんだから、このことで君の認識も深めてもらわないといけないよ。

     さて、では、早速「カナシバリ」の解き方について話をしよう。

     これは僕自身が何度も「カナシバリ」になって、困ったものだから、そのカナシバリの最中に何とかしてこれを解こうとして、ふと思いついてやってみたら、一瞬で解けた方法なんだよ。それ以来、「カナシバリ」に会っても、これをすれば確実に一瞬で解けるようになった。それで、「カナシバリ」になるのが楽しみになったのだが、今では少しも「カナシバリ」に会わなくなってしまったよ。

    また、「カナシバリ」になりたいものだよ。

     

     それではどうするか教えよう。

     簡単に言うと、「カナシバリ」というのは、眠っている最中に、何かの都合で目が開いてしまって、視神経と、自意識だけが起きて、身体は眠ったままの状態なんだよ。視神経は起きているので天井は見える。けれど、腕を動かしたのも、身体を起こしたのも、夢を見ている状態と同じなわけだよ。例えば歩く夢を見ている時、夢の中では歩いていても、実際には歩いているわけではなくて、身体は眠っているわけだ。

     「カナシバリ」のとき、腕を動かしたり、身体を起こしたりしたと思ったのは「夢」を見ている状態と同じである訳だよ。

     目は開いて、天井を見ているわけだから、身体を起こしたのに、起きていないとすぐに分かるわけだね。それで、このカナシバリの最中に、半分は夢を見ていて、例えば視覚の片隅にカーテンがあって、それが揺れていたりすると、「お化けだ」とちょっとでも考えたら、それが本当の「幽霊」のように感じられて、近寄ってきたり、時には上に乗ったりしているようにも感じたりするわけだね。

     さて、以上のようなことを、僕は「カナシバリ」になりながら考えたわけだ。そして、腕を動かしても、それは夢の中で動かしているだけ、身体を起こしたつもりでも、それは夢の中で起きたつもりになっているだけ。

     腕が動いていない事がなぜ分かるかというと、腕を動かして視野に入るところまで来ているはずなのに、実際にはその腕が見えてこないから、「カナシバリ」だと分かるわけだね。数センチ身体を起こして、姿勢が変わったはずなのに、やはり1秒後に、全く動けずに、天井を見ている自分に気づくから「カナシバリ」だと分かるわけだ。

     

     そこで、僕は考えたわけだよ。腕も、身体も、それを動かした瞬間に実際は動いていないと言う事が分かりにくい。動かしたはずの腕が視野に入るまでのわずかな時間、起きると視界が変わるはずの、身体がほんの数センチ動くわずかな時間、このわずかなタイムラグがあるから、「カナシバリ」が解けないと分かったんだよ。

     つまり、動かした瞬間に、動いたかどうか確認できる身体の部分があれば「カナシバリ」は解けるに違いないと、僕は「カナシバリ」に苦しむ最中に考えたわけだ。

     

    男子生徒D 先生、ずいぶん苦労されたんですね。よく、そんなこと「カナシバリ」の最中に考えられましたね。

     

     多分、僕はいつも何かそうして考えているのが好きなんだろうね。

     ところで、D君。今の話は分かったかね。

     それでは、どこを動かせば「カナシバリ」は解けるだろうか。

     

    男子生徒D 目をぐるぐる回してみるというのはどうですか。

     

     惜しいね。残念ながら、それではどうも難しいようだね。「カナシバリ」のときはどうも自由に眼球は回せないようだね。

     

    男子生徒F 足をばたばたしてみる。

     

    私 それでは、手や、身体を起こすより、もっと意味はないだろうね。足をばたばたする夢を見ている状態が続くだけだね。

     

    男子生徒G あきらめて、そのまま、また寝ます。僕はいつも「カナシバリ」に会えばそうしています。

     

    私 それはいい解決方法だね。けれど、今は、カナシバリを一発で解く方法を考えているのだから、それでは答にならないね。

     

    女生徒C 分かりません。教えてください。

     

    私 では教えよう。よーく聞きなさいよ。よろしいか。

     それはね、首を回すんだよ。首を回した瞬間、目は開いているんだから、首が回ったかどうか確実に確認できる。腕や、身体より、動いたことの確認に必要なタイムラグが全くない。そう分かって、そうした瞬間、「カナシバリ」は一瞬で解けた。

     僕は「勝った」と思ったね。

     僕はこれで確実に「カナシバリ」は解けるようになった。

     Cさんも今度「カナシバリ」に会ったら、今の僕の話を思い出して、首を右でも、左でもいいから回してご覧。その瞬間に、何かから抜け出るように、一瞬で「カナシバリ」は解けて、普通の状態に戻るよ。

     

     皆さん。分かりましたか。今度もし「カナシバリ」に会ったら、ぜひ今の僕の話を思い出して、試してみてください。必ず「カナシバリ」は解けます。

     

    女生徒C すると、私が「お化け」みたいに感じたのは、私の夢のようなものですか。

     

     もし、「カナシバリ」を解いて、普通の状態に戻ったとき、まだ、そこにそいつがいれば、それは正真正銘の「幽霊」かもしれないね。まだいるかどうか、逃がさないように、すぐに調べないといけないね。

    今度試してご覧。

     

    女生徒C もし本当にまだお化けがいたらどうしよう。

     

     「南木先生が会いたいと言っていたから、帰らないで。」とお願いして、学校へつれてきてください。

     

     さて、本日この話をここまで皆さんにしたからには、君たちの頭が、「カナシバリ」のおかげで、少し「不思議」を受け入れたり、考えたりできている今の内に、僕は君たちに、もうひとつ、深く考えるヒントを提供しておきたいね。いいですか。

     

    生徒一同 お願いします。

     

     では話そう。先にヒントを言っておくが、犬は色が見えない白黒の世界に住んでいることが分かっているが、あんなに小さな蝶や、ミツバチは美しく咲いている花の色が良く見えていて、花の蜜を吸いにやってくる。けれど人間とは違うようにそれぞれの色は見えているかもしれない。

     蝙蝠は超音波レーダーで飛んでいる。だから真っ暗な洞窟の中でも飛べる。

    月明かりのない暗い夜でも良く目が見える動物もいる。

     伝書鳩はどんな遠いところで放しても、地磁気を感知して必ず自分の家に帰ってくる。

     人間は電波は見えないが、もし見える生命があればどんな風景だろうか。見えなくて良かったね。

     

     さて、先ほど「カナシバリ」について考えて、これは、視神経と、自意識だけが起きてしまって、身体のほかの部分はまだ眠っているか、夢を見ている状態だということが分かった。

     

     さて、ここからが重要なところだ。

     今言ったような昆虫や、蝙蝠、鳩のような特殊な能力は人間にはない。人間の五感には初めから限界がある。

     そこで、もし、真理を知るためには、鷹よりも視力があり、蝙蝠のように暗闇で移動でき、鳩のように地磁気まで感知でき、人間に聞こえない音も全部聞こえ、犬よりも匂いがわかり、蜻蛉の翅の重さよりも微小な重さの変化を常に感じ、その他ありとあらゆる五感が、超越している存在こそが、見落としがなく、真理を知る事ができる「理想」の状態だと仮定すると、僕たちの現実の姿というものは、今言った「理想」の状態と比べれば、もともとが一種の「カナシバリ」のような情けない状態で、物を考え、日常を送っていると言うことになるわけだね。「カナシバリ」のときは視神経と、自意識だけしか働かなかったようにね。人間存在そのものが一種の「カナシバリ」状態なのかもしれないわけだよ。

    今僕が言ったことは「カナシバリ」との比較で分かりますか。

     

    生徒多数 分かります。

     

     今僕が言ったことは人間の限界を考える上で、非常に大事なポイントです。

     君たちは「カナシバリ」についてこれだけ考えた以上、自分の日常の、心に次々とわきあがる思いや、一念、一念が、ある意味で、「カナシバリ」の最中に「幽霊」が上に乗ってきているような気がするのと同じところがあるかもしれないと、これで疑う機会を少し得たわけだ。

     勉強は知識としてではなく、こうして実際に実感を伴って学ばないと、本当に学んだことにならないのだよ。

     さあ、「カナシバリ」の事はこれで良く理解できただろうから、ここで前回授業で話をした、イギリスの大哲学者「フランシス・ベーコン」のことを思い出してほしいわけだよ。

     

     彼は、われわれ人間が、物事を判断するとき、数々の経験や、実験から一般的な法則を見つけ出すべきだと、「帰納法」を説いて、「イギリス経験論哲学」の祖と呼ばれるようになった人物だ。 「大陸合理論哲学」の祖であるデカルトと併せて、前回少しだけ話したね。

     ベーコンと、デカルトをほんの少し勉強しておくだけで、将来、イギリス、フランスのことを何か、仕事や、趣味で考えなければならなくなったとき、必ず何か大きなヒントが得られるから、しっかり勉強しておきなさいよと僕は言ったね。

     

     けれど、「イギリス経験論哲学」というのは、ただ、たくさん経験を積めば、真理に近づけると考えるような、いい加減で、甘いものではもちろんない。経験には、人間が誰でも陥ってしまうような間違いや、見落としがあり、それを彼は「イドラ」と名づけて、注意深くそれを排除しなければ、より正しい見解は得られないと考えたのだったね。

     G君。イドラは4つあった。何だったかな。

     

    男子生徒G 1.種族のイドラ(自然性質によるイドラ)

    2.洞窟のイドラ(個人経験によるイドラ)

    3.市場のイドラ(伝聞によるイドラ)

    4.劇場のイドラ(権威によるイドラ)

    と教科書に書いてあります。

     

     そうだね そのうち、種族のイドラは、教科書では「人類一般に共通してある誤り。水平線・地平線上の月や、太陽は大きく見えること。地動説を知らなければ、月や、太陽が動いていると思ってしまうこと。」

    と書いてあるが、そんな説明では、何のことか全く分からないね。

     

     しかし、君たちは先ほど、「カナシバリ」の解き方を学び、そして「カナシバリ」でない普通のときでも、実は万能の経験ができる存在と比較すると、われわれの日常は、ほぼ完全な「カナシバリ」状態と同じかもしれないと分かったわけだよ。

     フランシス・ベーコンが考えた「種族のイドラ」ということを深く考えると、今言ったことが分かるはずだし、分からねばならない。彼はわれわれ人間存在が一種の「カナシバリ」状態であると気付いていたわけだね。

     それで「種族のイドラ」と言ったんだよ。

     さて、それでは、この「種族のイドラ」から脱出して、「カナシバリ」状態を去り、もっと自由に、間違いなく物事を考えることができるようになるには、どういう努力や、工夫をすれば良いのだろうか。

     ベーコンはそういうことを本気で考えたわけだよ。

     

     イギリスが「大英帝国」を築くことができた根底に、こういう深い哲学があったことを知っていれば、君たちが歴史の勉強をするときにも、面白さが増すかもしれないね。

     また、現在のイギリスの政治や、国民性を理解する上でも、きっと役に立つだろうと思うね。

     

    (この稿 終わり)

     

     なお、女生徒Cはじめ、私がこのことを教えた生徒は全員、例外なくこの方法で『カナシバリ』を解くことができるようになった。

     当ブログにたどり着いた「カナシバリ」で悩んでいる方は、ここに書かれているとおりにすれば、確実に「カナシバリ」の「苦しみ」から脱することができるでしょう。


    南木隆治(みなきたかはる) 
    http://minakiclub.jugem.jp/ (南木倶楽部・宗教と哲学の部屋) 
    dpait620@kawachi.zaq.ne.jp (南木へのメールはここへ)