南木倶楽部・宗教と哲学の部屋最初のページ

2013.05.09 Thursday

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    あなたがこの世界は物質でできていて、自分の心も脳の働きで起こる物理現象だと言う唯物論を信じているのなら、あなたは間違ったことを信じて生涯を終えることになるかもしれません。唯物論以外のすべての信念にはそれが何であれ、何がしかの真理はあるかもしれません。
    けれど、唯物論だけは完全に間違っていると私は思います。その理由はここを読み、魂の彼岸まで思いをはせることができるようになれば、あなたにもきっと分かるでしょう。あなたはそこで彼方に出会うでしょう。そして、誰も気づかぬうちに、密かに、静かに、人生に新しい意味が立ち昇り、あなたが望むなら、もっと軽く、明るく、そして深い日々をすごすことができるようになるでしょう。


    南木隆治(みなきたかはる)です。

    ここを訪れてくださってありがとうございます。

    以前より、一部の方にお約束していた「南木倶楽部・宗教と哲学の部屋」をはじめます。
    ブログは普通一番新しいページが一番上に来ますが、このブログは古いぺージから順に並びます。目次はそのつど付けますので、(上記
    Entryをクリック、または各ページの一番下のarchiveから検索可。)(入会方法はhttp://minakiclub.jugem.jp/?eid=8にあり。)
    検索には支障ないと思います。

      を7月20日に追加しました。ここで全て検索できます。


     私は日本の教育の根本的な反日性の問題に気づいてからここ20年ほど、あまりに貶められるわが祖国日本がかわいそうで、この事態を少しでも改善しようと社会的発言、活動を続けてきました。その社会的発言や、活動を続ける中で、私はもはや日本の問題はその次元だけでは解決できないところまで来ているのではないかという思いに駆られることが近年ますます増えてきました。

    上記の社会的発言や、活動は、もともと若いころからの私の哲学、宗教が基盤にあって、それらの活動はそこから出てきたものでした。というか、そのことが自身で今になってよく分かってきました。22才のころ気づいたことを私は34歳で『ゴータマ・シッダールタの冒険』という、とても難解な本にしたことがあります。それは若書の本で、その後今日までの更に25年の私の人生は、内面的にはその内容を、確認し、深化するための時間だったのかもしれません。そして恐ろしいことに、今も、あの22歳のときに私に明瞭に開示されたと思われるその非常にシンプルな事柄(そして私の考えでは、すべての人間がうすうすは気づいていると思われるその事柄)よりももっと確実なことに、その後の人生で出会ったことが無いような気が私にはしているのです。
    私に『お前はそれをもっと人々に開示せよ。』と、何かが運命的に迫ってきている気がします。

    今年私は還暦で、ひとつの人生を終えたものとして、こういった次元のことを語り始めるにはよい区切りであり、「南木倶楽部全国メーリングリスト」とは別に、自身の社会的発言、活動のもう一段下の根本問題だけを取り扱うメーリングリストを作り、仲間を集め、その一部を支障の無い範囲で、ここに発表してゆきたいと思います。

    これから始める「南木倶楽部・宗教、哲学の部屋メーリングリスト」(非公開・新規参加希望者を追って募ります)はまず、非常に古くからの私の宗教、哲学の理解者である旧友たち、および、この20数年の私の保守活動の中で、宗教、哲学的にもお付き合いをしてきた方、また上記私の本を、少し前にお買いくださった方々を初期会員として始めようと思います。

    私は特定の宗教、宗派、教団に属していません。また、支持する政党は表明することもありますが、特定の政党員になったことはありません。

    私は、唯物論を「信仰」する共産主義や、その亜流以外の、本来人類が根源的に持つ宗教心こそ、重要であると思っています。
    私は人間の持つ思考のうち、唯物論に陥っていなければ、基本的にその思考の過程を肯定できます。
    何も最終的に正確にはわからないというところに留まる「不可知論」も私は許容できます。
    確実に間違っているのは唯物論と、そこから導き出される結論だけです。

    私は今後のこの方面で努力して、わが国の自然崇拝を含む、古くからの八百万の神々の世界にも、また一神教の厳格な思想にもすべて正当性を与えたいと思います。それらの一切は矛盾無く存在できるし、矛盾が残る間はその境地も、哲学も、まだ不足するところがあると思います。

    おそらくインターネットの世界は、人類の遠い記憶のはてにある、神仏のいますあの世界、イデアの世界に似せて、その追憶の中で生まれたものでしょう。

    22歳のとき気づいたことを34歳で、「ゴータマ・シッダールタの冒険」という中身の難解な本を出版したと私は上に書きました。
    当ブログと、これからはじめる「南木倶楽部・宗教と哲学の部屋メーリングリスト」はその本の続きです。
    ただし今度は誰にでも、小さい子供にも分かる言葉でやさしく書こうと思います。
    難しくしか言えない間は、まだ本当に、血肉になるほどは分かってていないということなのでしょう。

    還暦になって、ようやく22才の課題に追いつくことの人生の意味は、つらつら考えるに、要するに私はこの人生を遊んで暮らした、楽しい幸せな時間を皆様と一緒に過ごさせていただいたという事だと思います。
    これを逆に言えば、遊び倒したので、し残した仕事がこれから山積しているということだと思います。
    今後何年の時間が私の人生に残っているかは分かりませんが、まだ中学2年生の末っ子もおり、早死にするわけには行かないという物質界での制約があることが、私に人生の精神面での課題を全うせよと、神仏が私を哀れんで、その機会を今与えてくださっているのだとも感じています。
    (最年長の大先輩・友人である門脇朝秀翁99歳まで生きればあと40年もありますが、せめてその半分の20年くらいは運命が許すなら、この仕事を完成するために努力しなければならないと思います。)

    ですからこれから、22才の宿題を、ゆっくり解いて皆様にお見せしてゆくことにしましょう。
    それはきっと、この文章を読んでくださったあなたの人生の課題とも、そしてほかならぬ我が日本の精神的課題とも直結していると私は思っています。(平成25年5月9日)

    (次ページ「唯物論と科学『謎の「動く石」とオーロラ デスヴァレーで撮影された早送り動画』」へ
    http://minakiclub.jugem.jp/?eid=3

    『南木倶楽部 宗教と哲学の部屋』メーリングリストのアドレスはこちらです。
    http://groups.yahoo.co.jp/group/st-minakiclub/


     
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